引越しにおける原状回復の義務と退去時のトラブル

引越しをするときにトラブルになりやすいものの一つに、退去の手続きがあります。

退去の際には管理人や管理会社の立ち会いのもと、「原状回復」の範囲を確認をすることになります。

部屋の汚れや傷に対して借主(あなた)がどれだけの費用を負担するかを決める作業です。

この「原状回復」にはお金のやりとりが発生するため、トラブルや相談が絶えないのです。

原状回復とは?

原状回復におけるトラブルがなぜ起こるかを理解するために、原状回復とは何かを知る必要があります。

広い意味で言うと、傷や汚れがあった際にそれを元に戻すことが原状回復です。

その原状回復のための費用を、誰がどこまで負担するかでよく貸主と借主でトラブルが起きます。

なぜトラブルにまで発展するかというと、この負担の線引きがとても曖昧だからなのです。
先ほど「広い意味で」と書いたのもこのためです。

原状回復の範囲についてもう少し詳しく追っていきましょう。

原状回復の範囲の曖昧さ

「原状回復」という言葉を聞いて、皆さんはどんな状態を思い浮かべるでしょうか?

「原状だから、借りた時の状態に戻す」でしょうか?
それとも
「窓を割ったとか、大きな破損があったとき」でしょうか?

実は、ここにトラブルのもとになる要因が隠れています。
「原状回復」という言葉だけではとらえ方によって様々な意味を持ってしまうのです。

ここで大きな対立ができるのは、貸主と借主の立場による違いです。

貸主(管理人)の考える原状回復

※ここでは、トラブルになる際の主張を取り上げます。
 すべての貸主がこの考え方ではないことは誤解の内容にお願いします。

貸主としてはあなたが退去した後にも誰かに部屋を借りてほしいので、傷や汚れを取り除くことは決定している事項です。

傷だらけの部屋を借りようとする人はあまりいませんし、その状態で貸し出すためには家賃を低くしないといけないので。

修繕費用はいずれにしても発生するんですね。

ですので貸主の立場からすると、借主側の原状回復の義務を主張します。借主(あなた)の負担額が大きいほど自分の負担は小さくなりますからね。

出来るだけ多く負担してもらうためには、それほど大きな傷や汚れでなくても「修繕する必要がある」と言うわけです。

原状回復の「原状」

「原状回復」という言葉をそのまま捉えると、「原状」は「貸したときの状態」とも読み取れます。

貸主としてはこの捉え方の都合が良いことがわかりますね。

貸した時の状態まで戻してもらえるなら費用負担がなく一番助かります。

借主(皆さん)の考える原状回復

では借主側の主張はどうでしょうか?

借主としては、少しくらいの傷や汚れは許容してもらいたいものですよね。

普通に生活していても傷や汚れはつくものですし、明らかな破損でなければ良しとしてほしいところです。

もちろん故意や過失のある傷や汚れは負担する必要があると思います。
壁に画びょうや釘を打ち付けたり、破れや床を剥がしたりといったものはちゃんと修復をしましょう。

原状回復のガイドライン

原状回復の範囲を決める際には両者の言い分に食い違いが起こるため、国土交通省からガイドラインが発表されています。

このガイドラインは、退去時における原状回復をめぐるトラブルの未然防止のために平成10年3月に策定されたものです。
賃貸住宅標準契約書の考え方や裁判例及び取引の実務等を考慮して、原状回復の費用負担のあり方について妥当と考えられる一般的な基準を設けました。

原状回復の定義

国土交通省がガイドラインにて原状回復次のように定義しました。

「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等を復旧すること」

そして、これに当たる費用は賃借人負担としました。
自然損耗、通常の使用による損耗等の修繕費用は賃貸人負担としています。

噛み砕くと、
「借主(あなた)が故意・過失によって部屋を傷つけたり、汚したりした場合は借主(あなた)が修繕費用を負担してください。」
「普通に暮らす中で発生するであろう傷や汚れは貸主(管理人)が修繕費用を負担してください。」
といっています。

これによって、原状回復は「借主が借りた当時の状態に戻すことではないこと」ことが明確化されました。

原状回復の基準

故意や過失によってついた傷や汚れについては、借主が負担しなければならないということがわかりました。

でもこれだけではまだトラブルは収まっていないんですね。
なぜでしょうか?

それは、「傷を見ただけでは故意・過失と判断しきれない」ことが要因になります。

壁に穴が開いていた、とかであればすぐにわかりますが、床にちょっと深めの傷がついていたのは判断が難しくなってきますね。

重い家具を動かしたときの傷だとして、それを「通常の使用による消耗」なのかは人によって判断が違うこともあり得ます。

「通常の使用」の一般的定義は困難であるため、ガイドラインでは次のような個別具体の事例を挙げています。
表にまとめましたのでまずは読んでみてください。

貸主(管理人)の負担となるもの 借主(皆さん)の負担となるもの
床(畳・フローリング、カーペットなど)
  1. 畳の裏返し、表替え(特に破損等していないが、次の入居者確保のために行うもの)
  2. フローリングワックスがけ
  3. 家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
  4. 畳の変色、フローリングの色落ち(日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生したもの)
  1. カーペットによる飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ
  2. 引越作業でのひっかきキズ
  3. フローリングの色落ち(賃借人の不注意で雨が吹き込んだことによるもの)
  4. キャスター付きのイス等によるフローリングのキズ、へこみ
壁、天井(クロス)
  1. テレビ、冷蔵庫等の後部ヤケ(いわゆる電気ヤケ)
  2. 壁に貼ったポスターや絵画の跡
  3. エアコン(借主所有)設置による壁のビス穴、跡
  4. クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)
  5. タバコのヤニ
    ※喫煙自体は用法違反あたらず、クリーニングで除去できる程度のヤニについては、通常の損耗の範囲であると考えられる
  6. 壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度のもの)
  1. 台所の油汚れ
  2. 結露を放置したことにより拡大したカビ、シミ
  3. エアコンから水漏れし、借主が放置したため壁が腐食
  4. クリーニングをしても落ちないタバコ、線香のヤニで張り替えが必要な場合
  5. 壁等の釘穴、ネジ穴(絵画等の重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替えが必要な程度のもの)
  6. 天井に直接つけた照明器具の跡
建具(ふすま、柱など)
  1. 網戸の張替(破損はしていないが次の入居者確保のために行うもの)
  2. 地震で破損したガラス
  3. 網入りガラスの亀裂(構造により発生したもの)
  1. 飼育ペットによる柱等のキズ
設備・その他
  1. 全体のハウスクリーニング(専門業者による)
  2. 消毒(台所、トイレ)
  3. 浴槽、風呂釜等の取替え(破損はしていないが入居者確保のために行うもの)
  4. 鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)
  5. 設備機器の故障、使用不能(機器の耐用年限到来のもの)
  1. 日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損

基本的には、借主が借りているときに発生した傷や汚れ、故意や過失があった場合は借主の負担となることがわかります。

逆に貸主が負担するのは、次の入居者向けに修繕する場合などとなっています。

また、ガイドラインでは経過年数も考慮されています。
家賃の中には自然損耗や通常損耗が含まれているのが通常とされていますので、借主が修繕費用の全てを負担することとなると契約当事者間の公平を欠くという問題があります。

借主側の負担には建物や設備の経過年数を考慮して、年数が多いほど借主の負担割合を少なくするのが適当ともしています。

原状回復をめぐるトラブル

ガイドラインによってだいぶ判断が付きやすくなってきましたが、これらに該当しない修繕はどちらの費用になるのでしょうか。

正直に言ってしまうと、どうなるかはわかりません。

ガイドラインに載っていた内容もそうですが、あくまでガイドラインなのです。
最終的には管理人さんとの合意をもって原状回復の範囲が決まります。

そうするとやはり両者の間でトラブルが起こる可能性はあるということになります。
現実に、現在でもトラブルは起き続けています。

トラブルを未然に防ぐためにも、実際に起こったトラブルをご紹介します。

仲介業者に関する注意点

退去の立ち会いには大家さんや管理会社の人が来るとは限りません。
修繕に関しては専門の業者に委託しているとして、別の業者が来ることもあります。

ここでまず注意しなければならないのは、その立ち合いの担当者が不動産仲介業の人だった場合です。

全ての人がそうではないですが、悪徳業者も中には存在します。
立ち会いに来た担当者からは必ず名刺をもらいましょう。

悪徳業者というのは、高額のリフォーム代を請求して、そこから発生する仲介マージンを狙ってくる業者です。

point!

立ち会い担当者からは名刺を必ずもらう!

さらにここで注意しなければならないのは、その場でサインを迫られた時です。

業者によっては「サインしないと解約できないことになり、家賃が発生する」と言ってくることがあります。

しかしそんな脅しに屈してはいけません。
きちんと荷物を持って部屋を明け渡せば、退去になります。
「明け渡し」と「退去時の費用負担」は別物なのでしっかり対応しましょう。

ですので、納得のいかない場合はその場でサインしなくても構いません。
本当に必要な原状回復リフォームなのか明細をもらって確認しましょう。

また、大家さんの了承は得ているのかも含めてしっかり見極めてからサインするようにしてください。

point!

修繕費用は納得してからサインする!

実際に起こったトラブルの例

壁(クロス)の張り替え

壁のクロスに関するトラブルは非常に多いです。
その一部を挙げていきます。

壁の一部が汚れているだけにも関わらず、壁のクロスを全面交換する

傷や汚れが残ってしまったとしても、その一部のだけでなく一面の張り替え費用を請求されることがあります。

また、一面だけならまだしも、壁の統一感がないからと全面張り替え費用を請求してくる場合もあります。
ここまでくると完全に貸主負担だと思われるのでしっかり抗議しましょう。

タバコのヤニがついているので壁のクロスを全面交換する

タバコを吸うこと自体は生活の中での必然性はないので、過失として請求されることもあります。
賃貸の契約書に記載されているかも重要視はされないパターンも多いようです。

過去の裁判例を見ても、家主負担になるか入居者負担になるかはケースバイケースのようです。

ただし、立ち会い人からの請求額が妥当なのかどうかは確認する必要はあります。
修繕費用の明細書を要求して、コピーしたうえで調べてみましょう。

設備の修繕・整備費用

備え付けのストーブの分解整備料金を請求された

整備料は基本的に貸主が負担するものですので、請求がくるのはおかしいです。
納得のいく理由を求めるようにしましょう。

排気口から雨が吹き込むが、管理会社がなかなか対応してくれない

雨が降りこんで色褪せが起きてしまった場合は、借主の負担になり得ます。
ですので、こういった場合には設備の不備であったことを証明できるものを残しましょう。

管理会社とのやり取りをメールで残したり、現状の報告書をしっかりと要求してください。

ハウスクリーニング代

ガイドラインでは次の入居者のためのクリーニングは貸主の負担とされています。

しかし、最近の賃貸契約では「退去時のハウスクリーニング代は入居者の負担」という場合が多いです。
まずは賃貸契約書を確認して、記載がなければ負担する必要はないでしょう。
記載されている場合には支払い義務が生じることが考えられます。

まとめ

原状回復の考え方と退去に関するトラブルをご紹介しました。

これもほんの一部で、まだまだ実際のトラブルは起きていて相談件数も収まってはいません。

退去トラブルには事前準備もしっかりしておきましょう。
自分たちでできる対策は、次のようなことがあります。

  • 国土交通省のガイドラインを読んでおく(コピーしておく)
  • 立ち会い時には修繕費用の明細を要求する
  • 立ち会い日までに自分で清掃をしておく

もし敷金返還に伴い、「納得いかない」、「後で高額な請求がきた」などの場合は、まず電話やメールで問い合わせをしましょう。
各都道府県にある不動産相談窓口や国民生活センターに相談することもできます。

原状回復の範囲は事細かにすべてを決めることはできないので、最終的には貸主(管理人)と借主(あなた)との話し合いで決定していきます。

貸主側にも主張したいことはありますし、人との交渉事であることは忘れてはいけません。
自分の主張だけを押し通すように話をしても相手は無意識に反発してしまいます。

また、逆に自分の過失でついた傷や汚れを隠すようなこともしないようにしましょう。
それが見つかった時には信頼は全くなく、容赦なく請求がくるでしょう。

そうした過失を隠す行為が、貸主としても注意点として原状回復の見方が厳しくなる要因にもなっていくことに繋がります。

お互いに不信感が残らないような気持ちのいい退去をしたいですよね。